TUNE-UP by another life.「第11回:愛着のある場所で働けるUターン転職。実際どうなの?」

TUNE-UP by another life.「第11回:愛着のある場所で働けるUターン転職。実際どうなの?」

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これからの時代を、自分が生きたいように生き抜くためのコラム「TUNE-UP」。人生経験のシェアリングサービス「another life.」が提供する様々な人生のパーツを組み立て、自分らしいキャリアや働き方を考えるキッカケを提供します。

 

第11回のテーマは、「愛着のある場所で働けるUターン転職。実際どうなの?」。

 

都市への人口集中が進む今日、地方では人手不足から、Uターン転職が歓迎されています。しかし、いくら人手が足りていないといっても、自分のやりたい仕事をできるのかという不安のある方も多いと思います。

 

さらに、一度地元を出て就職してしまうと、生まれ育った場所への愛着心を抱いていても、なかなかUターンという行動に移すきっかけがないという方もいるのではないでしょうか。

 

・地元にいつかは帰りたいけれど、いいタイミングがない
・地元でどんな仕事ができるのか、イメージできない
・安定した生活を手放すのが不安

 

Uターン転職にまつわるこんな疑問や不安について、another life.の人生インタビューの中にある具体的な事例をもとに考えていきます。

 

Uターン転職、どんなタイミングで実行に移す?

実際にUターン転職をした方はどのような経緯で決断したのでしょうか。

 

「異郷の地でのまちづくりに感じた違和感」
山下賢太さん(和装小物の製造卸会社→上甑島にて東シナ海の小さな島ブランド株式会社経営)

 

鹿児島県上甑島(かみこしきしま)出身の山下さん。高校生の時、地元一番好きな風景のあった場所を父の工事で壊されていくのを見て憤りつつも、自分がその工事で生かされている事実に気付きます。工事が引き換えにしているものの大切さと失うことを仕方ないとする世の中への疑問から、まちづくりを仕事にしたいと思うようになりました。

 

京都の大学で地域デザインを学び、卒業後はすぐに地元に戻ろうかとも考えました。しかし、自分が経営者になった時に雇われる側の気持ちをわかっておいた方がよいと感じて、得た利益を地域に還元すると掲げて景観計画などに力を入れる京都の和装小物の製造卸会社に就職します。

 

いつかは甑に戻って島のために働くと決めていながらの就職。何の力もない中では戻れないから帰るのは数年先だ、と思いながら働き始めます。しかし次第に生まれ育ったわけではない町の景観計画に自分が関わることに違和感を抱くようになりました。

 

大学時代から甑でイベントを始めていたので、就職してからもイベントの度に島には戻っていました。すると、ある時、近所のばあちゃんが「向こうで頑張ってる賢ちゃんも好きだけど、ここで頑張っている賢ちゃんも好きだな」と言ってくれたんです。

 

なんてことのない一言だったんですけど、「ただここにいてくれるだけでありがたい」と言ってもらえているようでした。何かできなきゃ島に戻れないと思っていましたが、何もできない今の自分でも、ただいるだけで島のために何かできるかもしれない。そう思い、1年ほどで会社をやめて甑に戻ってきました。
(another life.記事より)

 

「自分じゃなくてもいいじゃん」
数馬嘉一郎さん(人材コンサル会社→数馬酒造 代表取締役)

 

酒蔵の社長になるとは全く想定せずに、初めて抱いた夢が「社長になること」だった数馬さん。地元・石川県を出て東京の大学に進学し、経営者になるにはとにかく経営者に会うことだ、と経営者と向き合う人材コンサル会社に就職します。

 

入社して営業を担当し、「経営者になるのが夢なので、社長さんに会わせてください」と言って会い、営業の時も自分の聞きたいことばかり聞くという、めちゃくちゃな方法ながら結果を出していました。

 

23歳の時、あるセミナーで参加者から夢を訊かれ、「30歳くらいで経営者になること」と答えます。しかし「それまでの7年間は何を待っているの?」と言われて、よく考えたら何も待つことはないと気付かされます。

 

しばらくしてグループ会社に異動することになりました。商品知識のない中で、営業は「人と人」だという考えから、心理学を勉強して、信頼されるような営業マンを目指します。

 

その後だんだんと商品知識も身につき、仕事へのめり込んでいってたんですが、やっぱり頭の片隅に、「7年間、何を待ってるの?」というあの言葉がずっと残っていたんです。同時に、人の決めた仕組みの中にいると成長はしやすいものの、「これって自分じゃなくてもいいじゃん」という気持ちが否定できなくなってきました。

 

そんな時に、実家の父から連絡があったんです。「戻ってきて、そろそろ家業(酒蔵)を手伝わんか?」と。それを受け私は「そういう時期かな」と自分なりに腑に落ちたので、能登へ帰ることにしました。
(another life.記事より)

 
 

おふたりとも現在の仕事へ違和感を抱いていた時に、地元の人と接したことがUターンにつながっています。今の生活がしっくりこないと感じていたら、一度地元に帰ってみたり、地元の人と連絡を取ってみたりするといいかもしれません。

 

Uターンしてぶつかる壁、どう乗り越えた?

「島の暮らしへの想い」
山下賢太さん(和装小物の製造卸会社→上甑島にて東シナ海の小さな島ブランド株式会社経営)

 

島であたりまえにある暮らしをしている人がまちづくりを考えることに意味があると考え、まずは農業を始めた山下さん。普通に米を販売しても一人が食べられる程度の収入にしかならず、自分も辞めようと思ったこともあるそうです。実際に農業をやってみたことで、後継者が現れずに甑島の米作りが途絶えてしまうことに気付きます。

 

でも、食卓から米がなくなると、何気ない島の日常の食卓が失われてしまうんです。米と漬物と味噌汁と魚の干物。何気ない朝ごはんですが、米がなくなったら途絶えてしまう。それはイヤだと感じましたし、魚や野菜が美味しく食べられるのは、米があってこそなんじゃないかって思ったんです。野菜や魚だけで食べても美味しいかもしれませんが、米が他のものを引き立ててくれるというか。米づくりをやめてしまったら、野菜や魚の美味しさ、さらにはその裏にある野菜づくりや漁業といった暮らし自体も崩れてしまうんだなって感じたんです。

 

それから「米があるからこそ美味しくなる暮らし」と掲げて、米と一緒に地元の干物や農産物をまとめて送るようなサービスに変えました。
(another life.記事より)

 

併せて、米作りのプロセスや背景にある暮らし・想いを伝えることも始めました。島と何らかの関係性を持つ人に「島を応援したい」という気持ちで米づくり自体を買ってもらおうと、島外で売るときの販売価格の高さというハンデを乗り越えようとしています。

 

その後、人の豊かな生活を中心としたまちづくりをしようと、農業から始めた島での取り組みを、豆腐屋、観光ガイド、宿泊施設の運営、通販による特産品の販売などにまで広げた会社を立ち上げました。住んでいる人が幸せに暮らし続けるための仕組みづくりを目指しています。

 

地元でまちづくりに関わりたくてUターンをした山下さんのケース。地元のあたりまえにある暮らしを実際に始めてみたことの気づきをきっかけに、地元の課題に気付きます。あらためて島の日常を見つめなおしたことがまちづくりへの思いを具体的にした事業を思いつきました。

 

「突然やってきた家業の継承」
数馬嘉一郎さん(人材コンサル会社→数馬酒造 代表取締役)

 

能登に戻り、家業・酒蔵の仕事を手伝い始めた数馬さん。前職と違ったのんびりとした雰囲気に気持ちが奮わず、5か月ほどが経ちました。そこで突然父から社長交代を告げられます。

 

念願が叶って経営者になれたのは嬉しかったものの、具体的にやるべきことがわからず、何もできないことに無力感を覚える日々。そこで経営に関する本を片っ端から読んで、改めて経営の世界の奥深さを知ります。全部を学ぶには時間が足らないと気づき、各領域は専門家に任せることにして、自分は専門家が一緒に働きたいと思えるような人間になろうと決めます。

 

そこから2年間ほどは、ひたすら人と会いまくっていましたね。石川県出身で、県外で活躍されている方に会いにいったり、経営者の集まりへ参加したり。「この方だ」と思った方に手紙を書いて、毎回4時間程経営のことを教えて頂きました。そこで学んだことが私の今の経営の軸になっています。また、こうして築いていった人脈が、次第に仕事へ繋がっていきました。

 

社長になったばかりの頃は、正直、社員さんたちとの軋轢もありました。ですが私も県外や海外との取引量を増やすなど少しずつ実績を出していきましたし、コミュニケーションも積極的に行うようにしたんです。朝礼でもその日1日の自分の動きをつぶさに語ったりして。こうして徐々に社員さんとの関係を良好に築いていきました。
(another life.記事より)

 

次第に結果もだせるようになり、代表に就任して5年の間で売り上げは2、3倍に、清酒製造量は2倍に伸びました。さらに、生まれ育った能登に住む人たちが好きという思いから、生業を通して地域に貢献しようと、能登に根付いた持続可能なものづくりを目指したプロジェクトも始められるようになりました。

 

数馬さんのケースでは、特に能登で何をやろうと積極的には決めずに戻り、家業を継ぐことになりました。しかしその中でも前職の営業経験も生かしつつ、大好きな経営と能登に関わりながら働くことが出来ています。

 

自分の「好き」を活かした地域貢献

愛着のある地域で働けるだけではなく、地元に貢献できる点も魅力のUターン転職。実際にUターン転職をした人々を見ていくと、大好きな地元とじっくり向き合うことが、地域の課題や自分の得意なことを活かした仕事の発見につながっていました。

 

今の生活に感じる違和感が何なのかを具体的に考えてみることが、自分の実現させたいものを見つけるきっかけになるかもしれません。

 

おふたりが改めて地元と接したことが転職のきっかけとなったように一度地元に帰ってみるというところから始めてみてはいかかでしょうか。

 

関連記事

山下賢太さん
https://an-life.jp/article/878
数馬嘉一郎さん
https://an-life.jp/article/850

 

執筆者:another life.編集部

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