地域密着型不動産会社 エヌアセット代表 宮川氏が語る『エヌアセットができるまで』

地域密着型不動産会社 エヌアセット代表 宮川氏が語る『エヌアセットができるまで』

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川崎市の溝の口にある不動産会社 株式会社エヌアセット。
エヌアセットは、不動産屋業だけでなく、地元 溝の口を盛り上げる祭りや野菜市などのイベントを企画する他、様々な活動をしている地域密着型の不動産会社です。
そんなユニークな不動産屋 エヌアセットが出来た裏側にはどんな物語があるのでしょうか?株式会社エヌアセット代表取締役社長 宮川 恒雄氏に、ご自身の歩んでこられた道から、エヌアセット誕生秘話まで、様々なお話を伺いました。
 

エヌアセット誕生秘話〜波乱万丈?な物語〜

ーー自己紹介をお願いします。
 
1971年(昭和46年)に、京都市北区の紫野で生まれました。でも、実質京都にいたのは2年くらいです。それから親父の仕事の関係で大阪に行って、そこからずっと大阪です。大阪で小中高を過ごしました。それから、兵庫県の神戸大学の農学部に行ったんです。農学部に行きたかった訳ではないんですけど。大学卒業するまではずっと関西です。
 
神戸大学って何かすごくかっこよさそうな感じがして。理系だったので本当は工学部を受けようと思ったんですけど、工学部じゃ落ちるかもしれないという浅はかな考えで、農学部を受け受かりました。
学生の時にサークルとか色々やっていて、友達とビジネスっぽいこともやっていました。そんなこともあり、同級生と「将来会社ができたらいいな」という話はしていました。それで、商社に行けばビジネスの勉強ができるんじゃないか、と思って商社を受けて、某大手商社でお世話になることになりました。
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ーー入社後、不動産系のお仕事をされていたのですか?
 
配属が、建設・不動の部署だったんです。貿易とか海外でのビジネスなどに関係のない、非常にドメスティックな不動産を担当していました。色々やりましたが、その中でも印象的なのは、例えばマンションの販売をしたりしたことですね。やっていたことは商社というより不動産の会社でした。
マンションの事業をするためには、結構大きな土地を買うのですが、大きな土地の情報を得るためには、駅前の不動産などに飛び込んで、情報を下さい、みたいなことをやっていました。そんな感じの仕事もやっていたので、不動産デベロッパーに入ってんじゃないかと思うこともありました。
 
でも、この会社で私の人生の師匠に出会いました。次に入った会社が前職の時の先輩が独立して作られた「ノエル」という会社なんです。その先輩というのが私の師匠で、ビジネスのこともしかり、人生のあり方とか、そういうことをすごく教えていていただいた素敵な先輩でした。
この人と出会えたという意味でも、某大手商社に感謝という感じですね。その方が1998年にノエルを作って、99年に誘われて転職をしました。その後、2005年にジャスダック、2007年東証二部に上場をして、2008年にその会社が破綻しました。
 
色々ありましたが感謝しているのは、大手の商社に入らせていただいて、転職して小さい会社の立ち上げも経験をさせていただいて。そしてその会社がどんどんどんどん成長していくわけです。99年から何十人単位で毎年人が増えていくようなのを見て、2005年に会社が上場し、2008年には会社が破綻をするということを経験しました。こんな誰もが経験できないことを経験できたという意味では、私は非常にラッキーですね。
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ーーとても貴重な経験ですよね。ベンチャーのまま上場もできず破綻、という会社は結構なくはないかなと思うのですが、10年の間にそこまで大きくなったのに破綻するというのは、なかなかない経験ですよね。
 
そうですね。はじめから出来上がった大きな組織も経験できて、小さな会社の立ち上げの混乱期も経験ができ、ある程度の規模のところをすべて経験ができたというところは、すごくよかったなあと思っています。
その時でも、学生時代に思っていた会社をやりたいという想いはありました。ノエルという会社に入って、その中で考えたりもしたんですけど、ノエルって結構いい会社だったんです。これだったら別に自分で独立しなくても、ノエルという中で会社を作らせてもらって、一事業会社として独立でもいいと思いました。実際は独立じゃないけど、小会社として立ち上げるというようなことでもいいんじゃないかなと思っていたんです。そこでもひとつ新しい、資産コンサルティングプラザという富裕層向けのビジネススタイルというのを作らせてもらって、お店を作らせていただいたりしました。もし会社が破綻していなければ、そういうのを分社化してもらって経営していたかもしれないですね。
 
でも、会社が破綻してしまって。会社が破綻すると裁判所に指名された破産管財人がいらっしゃるんです。その破産管財人のミッションの一つが、破綻した会社が持っている色々な資産を1円でも高く売っていくことです。高く売っていって、債権者さんにお金が戻っていくようにしないといけない。
ノエルにあるその資産のひとつとして、賃貸仲介、賃貸管理をする子会社がありました。その会社も1円でも高く売れれば、債権者にお金を返せるので、1円でも高く売らなきゃいけない。そんな状況の中、私や今のうちの会社の何人かはその当時、その賃貸の仲介・管理の会社に関わっていましたので、管財人さんから「この会社が売れるようにまず立て直しなさい」と言われました。でも、破綻した会社の子会社なので、立て直すのは結構大変でした。
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賃貸の仲介や管理の仕事をする上では色々なソフトウェアやツールを使わなくてはいけないんですけど、親会社が破綻しているのでそのツールのリースが受けられないなどがありました。なので、みんなでツールをエクセルで作ってそこに全部落とし込んで、まずは業務が回るようにしていく。みんなずっと徹夜していました。色々なことをしながら、とにかくその会社が売れるように、ということをずっとやっていました。
 
そして、2009年の4月に入札することになりました。自分たちとしては結構この会社の立て直しを一生懸命やったし、この会社の中身をよくわかっています。こうすれば伸びるとかすごくよくわかるわけです。だから、自分たちで入札に参加しようかということで参加して、それで幸か不幸か落札したのが、今のエヌアセットです。
結局、数社から札は入ったようですが、破綻した会社の子会社なので外の人は中身がよくわからないし、多分そんなに金額が付けられなかったのだと思います。でも、自分たちはよくわかっているので、そこそこの金額を書いて出したつもりです。それで多分落札できたのかな、と。ここからエヌアセットの経営が始まりました。
 

今までの様々な繋がりが、いまを作っている

ーー相当思い入れのある形ですね。不動産をずっとやってこられたから、不動産の会社を作ろうかというのでもなくて。
 
そうなんです。結局そういう会社をやるようになったというのは非常に面白いです。それも含めて、本当に人生面白いなと感じるのは、私は農学部出身で不動産と農業は関係ないけど、今エヌアセットで野菜市をやったりして、自分でも7年くらい趣味で農業をやっていたんです。そういう過去の経験がつながっているし、某大手商社にいても海外の仕事に携わらなかったのに、今はベトナムとかタイでもビジネスをしています。そういうビジネスの機会もその時の同期が助けてくれていたりもします。だから、本当に何ひとつ無駄 なことはないんだな、と感じますね。結構、色々なものにつながっているんだなっていうのは、自分の経歴を見る度に思います。
 
ーー途中で不動産屋じゃなくてもいいかなという時はなかったのですか?会社は変わられても、ずっと不動産一本ですよね。
 
全くないですね。不動産屋から離れると考えたことはないです。でも、某大手商社でちょうど5年目の時に、食品の部隊に移る予定だったんです。そこに異動する予定だったんですけど、そのタイミングでノエルを作った社長に誘われたので、そちらに行きました。転職していなかったら、食料の取扱をしていたかもしれないですね。
でも、不動産は自分にとって、むちゃくちゃ好きでも得意でもないことだと思います。ただ単に、好きな人と好きなように仕事をしてきたら、たまたまこうなってるんじゃないかと思います。たまたまずっと不動産だったわけですが、人生の師匠の先輩が飲食店をやっていたら、もしかしたら飲食業をやっていたかもしれないです。
何がやりたいかというよりも、誰とやりたいか、そしてただ単に学生の時と変わらず、会社をやりたいという気持ちの方が大きかったように思います。
 

人に恵まれているからこそ、どんな分野にも挑戦できる

ーーどうして会社を作られたかったのですか?
 
単純にカッコイイと思ってたからじゃないですかね。当時はそんな感じで、会社をやりたいから商社に入って、という感じでした。ノエルに入ってからは、どう社会の役に立つのか、というのは考えていました。でも結局、不動産がしたいから、というわけじゃないですね。何かこうしたい、こうありたいというものはあるんだけど、業種に関してはこだわりはなく、この業種をやり続けたいと思ったこともないんです。
でも、私はどんな分野でもできるんじゃないかな、と思います。できるというのは、すごくできるんじゃなく、多分こなすことはできると思うんです。力があるなしというよりも、ありきたりな言葉で言うと、ものすごく人に恵まれてきている人生なので。だからこそ、多分何でも私はできると思っています。その出来の良し悪しは色々あると思いますけど、何でも失敗する気がしないです。今から思えば、全てが上手く行っていくんです。
 
今までの数々の失敗も、失敗と思わずその時に私がすぐ忘れちゃうから、今があるのかもしれないですね。でも、人には本当にずっと恵まれてます。今もしかり、某大手商社の時から、ノエルの時から。エヌアセットの従業員もそうですけど、仕事のパートナーも含めて。ものすごく恵まれています。
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ーーどうやって人とのつながりができていくのですか?
 
私自身、好き嫌いがはっきりしてるんです。ただ、別に嫌いな人がいるわけでもないんで好きがはっきりしているんですかね。だから、いいと思ったらその人と何かしたいと思って始めるので、そういう同じ感覚というか同じ運気の人たちと重なるものがあるのだと思います。
 
ーーーーーーーーーーーーーーー
大学の農学部で学んだ後商社に入り、そこで不動産業に携わっていたところ、人生の師匠に出会ったことから転職。転職先が破綻し、一つの事業としてあった不動産業を今の形にまで立ち上げた経歴をもつ、宮川さん。その経歴は、一見波乱万丈ではありますが、「失敗もすぐ忘れちゃうんです」と明るく話す宮川さんの言葉からは、失敗してもまた立ち上がればいい、というような前向きな姿勢を感じました。それが、多方面で精力的に活動する今のエヌアセットの礎になっているのかもしれませんね。

次回は、「不動産会社 エヌアセット」の歴史や、これからについてのお話です。ぜひお楽しみに。

 
 

記事/PILES GARAGE編集部
 
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